いけばなの歴史は池坊の歴史と言えます。
いけばなは池坊によって創られ、現在の池坊・諸派につながっています。
池坊は約500年前の室町時代、池坊専慶の手により確立されたとされ、
京都御所でたびたび花を立てたという記録が残っています。
池坊専慶を池坊の直接的な流祖とし、
『専応口伝』にいけばなの理念を明らかにした専応へと続いていきます。
池坊専応の『専応口伝』には、
「従来の挿花のように単に美しい花を観賞するばかりでなく、草木の出生をわきまえて生ける」
「遊ぴ事ではなく、花を生けることによって悟りに至る自覚をもつ」
といういけばなの根幹が記され、その思想は現代に至るまで変ることなく受け継がれています。
十七世紀後半、町家の発達と富裕な町人の増加にしたがって、
いけばなは大衆に広がり、全国へと普及していきました。
そして、近年の住環境の変化や洋花の増加に合わせ、
1977年、池坊専永によって生花新風体が発表され、
1999年には立花新風体を発表されました。
今、いけばなの歴史は新たな展開を迎えています。